今、気になっているキーワードを集めてみました(^o^)
さて、何に繋がるのかな?
「妙見信仰」
△△△△△△△△△△△△
妙見本来仏教の天部諸尊の一つであり、妙見菩薩である。
北斗七星北辰を神格化したもので、国土安穏、災害減除を祈るのである。
しかし、一面、湧水、清水に関与するところが多いのは道教ね説による。
北は水に配当され、北極星は深く水に関与すると信ぜられた。
△△△△△△△△△△△△
妙見信仰については、お祭りに登場する「ガメ」と共に以前から気になってます。
水に関与することは、知識としては、わかってましたが、今回やっと感覚でわかった気がします。
「北=黒=水」
五行のこのキーワードが気になります。
「一霊四魂(いちれいしこん)」
△△△△△△△△△△△△
荒魂(あらたま、あらみたま)・和魂(にきたま(にぎたま)、にきみたま(にぎみたま))とは、神道における概念で、神の霊魂が持つ2つの側面のことである。
荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。神の祟りは荒魂の表れである。
それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護は和魂の表れである。
荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮といったように、別に祀られていたりすることもある。人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきた。この神の御魂の極端な二面性が、神道の信仰の源となっている。また、荒魂はその荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされ、同音異義語である新魂(あらたま、あらみたま)とも通じるとされている。
和魂はさらに幸魂(さきたま、さちみたま、さきみたま)と奇魂(くしたま、くしみたま)に分けられる。
幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きである。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。
また、人間の心は、天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂(荒魂・和魂・幸魂・奇魂)から成り立つという考え方があり、一霊四魂(いちれいしこん)と呼ばれる。
「一霊四魂」とは、人間の心は四つの魂から成り立ち、それらを一つの「霊」がコントロールしていると考える。それぞれの魂には、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)という神様の名前がついており、それらを統括するのが一つの霊で、直霊(なおひ)である。これが人間の一霊四魂という「心の構造」である。
荒魂には勇、和魂には親、幸魂には愛、奇魂には智というそれぞれの魂の機能があり、それらを、直霊(なおひ)がコントロールしている。簡単に言えば、勇は、前に進む力、親は、人と親しく交わる力、愛は、人を愛し育てる力、智は、物事を観察し分析し、悟る力である。
これら4つの働きを、直霊がフィードバックし、良心のような働きをする。例えば、智の働きが行き過ぎると「あまり分析や評価ばかりしていると、人に嫌われるよ」という具合に反省を促す。つまり、この直霊は、「省みる」という機能を持っている。
△△△△△△△△△△△△
「一霊四魂」は、最近良く資料や本に出てきて目に止まります。
「神(自然)の怒りを沈めるために信仰がある。」
と言うことは、違和感を感じていた「信仰」と言うものについてやっと納得!と言う感じです。
あと、産霊も気になってます。
「役小角」
△△△△△△△△△△△△
説話の中で役小角は、役行者と呼ばれて修験道と深く結びつけられるようになった。
その修行地は生駒山、信貴山、熊野などにひろがり、やがて全国各地の修験道の山が、役行者の聖跡とされるようになった。そして修験道の開祖と崇められ、修験者(山伏)の間では、「神変大菩薩」の損傷で厚く信仰されている。
熊野の地名が最初に現れるのは日本書紀の神代記で、神産みの段の第五の一書に、伊邪那美命が死んだとき熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)というところに葬られたという記述がある。国家が編纂した歴史書(正史)に熊野の名が登場するのは日本三代実録からである。
古来、修験道の修行の地とされた。延喜式神名帳には、熊野坐神社(熊野本宮大社)と熊野速玉大社とあるが、熊野那智大社の記載が無いのは、那智は神社ではなく修行場と見なされていたからと考えられている。3社が興ってくると、3社のそれぞれの神が3社共通の祭神とされるようになり、また神仏習合により、本宮の家都美御子神(けつみみこのかみ)は阿弥陀如来で、牟須美神(むずびのかみ)が千手観音、速玉神(はやたまのかみ)は薬師如来とされた。熊野の3神は熊野三所権現と呼ばれ、主祭神以外も含めて熊野十二所権現ともいう。
△△△△△△△△△△△△
実は、私は熊野信仰についての知識がありませんでした(-.-)
ただ、熊野古道が気になっていたので、「行きたいな!」と思っただけです。
熊野三社は、シェリーさんか、石川先生に行くように勧めめられたとかで、「ついでに行くかな?」ぐらいだったのですが〜
今回、西巌殿寺から役小角を調べて、修験道に行きつき…
やっと熊野が修験道関連の場所だと知りました。
しかも、「伊邪那美命」に関連がある!?
以前、書きましたでしょうか?
「伊邪那美命」さんは、前世に関連あり!です(*_*)
これは、ますます行きたくなって来ました♪
江原さんの本でも伊勢神宮・熊野三社は、大絶賛!ですよ(^_^)
希望の日時に良いツアーがあるといいな(^o^)
マスター宜しくね(^_-)
右脳モードで行けるように、行程はお任せの少人数のツアーを宜しくね(^o^)
4月が希望日なので、ツアーのパンフレットが出るのは、2月頃です!
それまで、更に気を上げて、マスター=宇宙エネルギーにオーダーしておきます\(^o^)/
さて、何に繋がるのかな?
「妙見信仰」
△△△△△△△△△△△△
妙見本来仏教の天部諸尊の一つであり、妙見菩薩である。
北斗七星北辰を神格化したもので、国土安穏、災害減除を祈るのである。
しかし、一面、湧水、清水に関与するところが多いのは道教ね説による。
北は水に配当され、北極星は深く水に関与すると信ぜられた。
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妙見信仰については、お祭りに登場する「ガメ」と共に以前から気になってます。
水に関与することは、知識としては、わかってましたが、今回やっと感覚でわかった気がします。
「北=黒=水」
五行のこのキーワードが気になります。
「一霊四魂(いちれいしこん)」
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荒魂(あらたま、あらみたま)・和魂(にきたま(にぎたま)、にきみたま(にぎみたま))とは、神道における概念で、神の霊魂が持つ2つの側面のことである。
荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。神の祟りは荒魂の表れである。
それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護は和魂の表れである。
荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮といったように、別に祀られていたりすることもある。人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきた。この神の御魂の極端な二面性が、神道の信仰の源となっている。また、荒魂はその荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされ、同音異義語である新魂(あらたま、あらみたま)とも通じるとされている。
和魂はさらに幸魂(さきたま、さちみたま、さきみたま)と奇魂(くしたま、くしみたま)に分けられる。
幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きである。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。
また、人間の心は、天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂(荒魂・和魂・幸魂・奇魂)から成り立つという考え方があり、一霊四魂(いちれいしこん)と呼ばれる。
「一霊四魂」とは、人間の心は四つの魂から成り立ち、それらを一つの「霊」がコントロールしていると考える。それぞれの魂には、荒魂(あらみたま)、和魂(にぎみたま)、幸魂(さちみたま)、奇魂(くしみたま)という神様の名前がついており、それらを統括するのが一つの霊で、直霊(なおひ)である。これが人間の一霊四魂という「心の構造」である。
荒魂には勇、和魂には親、幸魂には愛、奇魂には智というそれぞれの魂の機能があり、それらを、直霊(なおひ)がコントロールしている。簡単に言えば、勇は、前に進む力、親は、人と親しく交わる力、愛は、人を愛し育てる力、智は、物事を観察し分析し、悟る力である。
これら4つの働きを、直霊がフィードバックし、良心のような働きをする。例えば、智の働きが行き過ぎると「あまり分析や評価ばかりしていると、人に嫌われるよ」という具合に反省を促す。つまり、この直霊は、「省みる」という機能を持っている。
△△△△△△△△△△△△
「一霊四魂」は、最近良く資料や本に出てきて目に止まります。
「神(自然)の怒りを沈めるために信仰がある。」
と言うことは、違和感を感じていた「信仰」と言うものについてやっと納得!と言う感じです。
あと、産霊も気になってます。
「役小角」
△△△△△△△△△△△△
説話の中で役小角は、役行者と呼ばれて修験道と深く結びつけられるようになった。
その修行地は生駒山、信貴山、熊野などにひろがり、やがて全国各地の修験道の山が、役行者の聖跡とされるようになった。そして修験道の開祖と崇められ、修験者(山伏)の間では、「神変大菩薩」の損傷で厚く信仰されている。
熊野の地名が最初に現れるのは日本書紀の神代記で、神産みの段の第五の一書に、伊邪那美命が死んだとき熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)というところに葬られたという記述がある。国家が編纂した歴史書(正史)に熊野の名が登場するのは日本三代実録からである。
古来、修験道の修行の地とされた。延喜式神名帳には、熊野坐神社(熊野本宮大社)と熊野速玉大社とあるが、熊野那智大社の記載が無いのは、那智は神社ではなく修行場と見なされていたからと考えられている。3社が興ってくると、3社のそれぞれの神が3社共通の祭神とされるようになり、また神仏習合により、本宮の家都美御子神(けつみみこのかみ)は阿弥陀如来で、牟須美神(むずびのかみ)が千手観音、速玉神(はやたまのかみ)は薬師如来とされた。熊野の3神は熊野三所権現と呼ばれ、主祭神以外も含めて熊野十二所権現ともいう。
△△△△△△△△△△△△
実は、私は熊野信仰についての知識がありませんでした(-.-)
ただ、熊野古道が気になっていたので、「行きたいな!」と思っただけです。
熊野三社は、シェリーさんか、石川先生に行くように勧めめられたとかで、「ついでに行くかな?」ぐらいだったのですが〜
今回、西巌殿寺から役小角を調べて、修験道に行きつき…
やっと熊野が修験道関連の場所だと知りました。
しかも、「伊邪那美命」に関連がある!?
以前、書きましたでしょうか?
「伊邪那美命」さんは、前世に関連あり!です(*_*)
これは、ますます行きたくなって来ました♪
江原さんの本でも伊勢神宮・熊野三社は、大絶賛!ですよ(^_^)
希望の日時に良いツアーがあるといいな(^o^)
マスター宜しくね(^_-)
右脳モードで行けるように、行程はお任せの少人数のツアーを宜しくね(^o^)
4月が希望日なので、ツアーのパンフレットが出るのは、2月頃です!
それまで、更に気を上げて、マスター=宇宙エネルギーにオーダーしておきます\(^o^)/
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