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毎日出会う「お知らせ」「気づき」を忘れないように書いておきます。

何かで見たけど??
魔女社長のブログの写真が気になったので、調べてみました!
(魔女社長のブログの写真を御参照下さいね!)

「ほうろく地蔵」
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「」八百屋お七」にちなむ地蔵尊。
天和2年(1682)におきた天和の大火の後、恋仲になった寺小姓恋しさに放火の大罪を犯し、火あぶりの刑をうけた「お七」を供養するために建立されたお地蔵様である。

寺の由来書によると、お七の罪業を救うために、熱した炮烙(素焼きのふちの浅い土鍋)を頭にかぶり、自ら焦熱の苦しみを受けたお地蔵様とされている。
享保4年(1719)に、お七供養のために、渡辺九兵衛という人が寄進したといわれる。

その後、このお地蔵様は 頭痛・眼病・耳・鼻の病など首から上の病気を治す霊験あらたかなお地蔵様として有名になった。

お七が天和の大火の時に避難し、墓もある円乗寺はすぐ近くにある。

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えっ?
「お七さん?!」
確か?2日位前にテレビのニュースでお七さんを供養するための絵があるってな話題をチラッとみたような?
シンクロ??
気になって、お七さんを調べてみたところ↑

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江戸本郷辺に八百屋八兵衝という人が、天和2年(1682年)3月26日の大火に類焼したため、一家は旦那寺の駒込の吉祥寺に仮住まいすることになった。
八兵衝の十六歳になる娘のお七が、ある夕暮の事、寺の小姓・小野川吉三郎が手に棘を刺して困っているのに気がつき、その棘を抜いてやったのが縁で、ふたりは人知れず文を交す仲になった。
その後、家の普請ができたので入兵衛一家は新居に戻り、お七と吉三郎の二人は女中を通じて文通を続けていた。
大雪のある日、吉三郎は農家の若者に身をやつして八百屋に行き、八兵衝夫婦が不在になった間にお七との逢瀬を楽しんだ。
この逢瀬でますます戀情の深まったお七は、浅はかな女心から、また火事があったら吉祥寺に避難する事となり、愛しい吉三郎に逢えると我が家に放火した。
やがて、この放火が露見し、お七は捕えられたが、当時15歳未満の者は未成年として助命される法があったため、奉行もお七を助命してやろうと考え、それとなく謎を掛けて14歳だといわせようとしたが、正直なお七は16歳だと答えた。
そこで掟どおり、お七は鈴ガ森刑場で天和3年3月28日火刑に処せられた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うーむ(+_+)
「情けを掛けようとしたけど、真意が伝わらず!」
ってのは、先日みた「さや侍」と同じ経過です。
mixiに「さや侍」の感想については、記載しましたが…

また!
同じ系統の内容のキーワードが来たってことは?
まだ、何かを見落としているのかも?

もう一度、解答を探してみたいと思います。

「誇り」がキーワードかな?
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